2007年09月28日

空想の森 映画祭

北海道の新得映画祭の渾身のリポートです!!

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馬頭琴夜想曲 IN SHINTOKU 空想の森映画祭
『馬頭琴夜想曲』の初の地方公開は北海道のほぼ真ん中に
位置する新得町で行われる『SHITOKU空想の森映画祭』
から始まった。
僕は宣伝会社に欠員が出て、急遽この町を訪れること
になった。新得は東京都の半分の面積で人口、7千人、
しかし牛2万6千頭。
酪農が盛んで、その他にもそばの畑が多い。
古くは水田で米も
作っていたが、政府の減反政策により、昭和54年には完全に
水田は消え去ったとの事だ。
その他、「北の国から'98時代」で蛍が富良野の純のもとへ
金を借りに来、その後根室の落石に住む不倫相手の医者の
元へ行く為に釧路行きのJR特急(夜行)「おおぞら号」
(現在は特急「まりも号」)に乗るために純に車で送って
もらったのが新得駅との事だ。
峠を一つ超えると富良野である。

帯広空港から、車で1時間。地方の空洞化が叫ばれる中で、
この十勝地方にも少なからずその傷跡が残っているようだ。
病院は建設したものの、株主が途中で手をひき、
まったくのもぬけの殻の病院やら、ドイツから
本物の城を持ってきてものの今は誰も行かなくなり、
閉鎖したレジャー施設等。北海道の大自然より
そのような殺伐とした風景に
目がいってしまうのがなんとも悲しい。

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SHITOKU空想の森映画祭』は今年で12回目を迎え、
主催者も日本で一番小さな
映画祭と自負する手弁当、文化祭のような雰囲気。
廃校になった小学校を舞台に北海道というよりは
宮崎駿の世界に訪れた気分だ。
この小学校は昭和47年に廃校になり、現在は新内ホール
という名称でコンサート、演劇で使われている。
校庭は芝生で覆われていて、緑が田舎の情景は高めている。
校門を抜けると、校舎側の一本のカシワの木がすぐ目に入る。
ここでこうして、何十年も生徒達を見守り、
そして誰もいなくなって
しまった今でもここにあるという、何でもない事に妙に心を
動かされた。

馬頭琴夜想曲は二日目の5時半からで、木村威夫監督が
急遽来れなくなったので美術監督の林隆さんを中心に、
宣伝会社のK氏とプロデューサー、3人での
トークショーを上映後、約1時間行った。
馬頭琴夜想曲はなかなか好評だったようで
観客は内容はよくわからないけれど、映像は綺麗だとか、
音楽がいい、とかそんな感想を上映後に聞いた。
ただ、トークショー中の質疑応答ではみんな
何を聞いていいのかわからなかったようで、何の質問も
なかったのが少し寂しかった。

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上映後は、外のバーベキューに参加、地元の人達が
持ち寄ったビール、ワイン、焼酎、ジンギスカン等を
ごちそうになった。地元といっても、新得の人は
少なくて、帯広、札幌から来ている人が大半だった。
みんな、この小学校に泊まったり、校庭にテントをはったり
といった具合で帰る必要がないので、
とにかく勢いよく呑む。東京から来た僕らも都会では
味わえない解放感を感じた。
K氏は少し離れた所の焚き火に取り憑かれてしまったようで、
集めてきた流木を休むことなく、
次から次えと燃えさかる火の中に投げこんで
いくので、火が人の大きさくらいに大きくなってしまった。
慌てた地元の人達はすぐに止めに入っていった。
そのまま彼ら3人は11時頃には、ホテルに戻ってしまったが、
僕は折角なので、彼との時間を過ごそうと思い、
残って呑み続ける事にした。そのまま、楽しく呑み続けること、
夜中の3時まで、遂に潰れかかった
僕を親切な人が、近くのスタッフ用の小屋まで連れて
行ってくれた。そのまま、寝袋に包まれ、眠りに入った。
次の日、目覚めると完全に二日酔い。酒がまったく
抜けていなかった。地元の人達と別れるのは名残惜し
かったが、昼前には会場を後にした。
平時とかわらない、仕事のメンバーだったので、
北海道に行ったという
実感はついにわかず、遠くの渋谷イメージフォーラム
という感じだったが、
大自然と地元の人達の交流で爽やかな気分で
東京に帰ることができた。

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posted by airplane at 12:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ■エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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